電子化時代の遺言対策|デジタル遺言の最新動向と今すぐできる生前対策
目次
「電子化時代の遺言」:今、何が変わろうとしているか
銀行口座のネット化・スマートフォン決済の普及・仮想通貨の保有——私たちの「財産」は急速にデジタル化しています。一方で、その財産を次世代に伝えるための「遺言」の仕組みは、長らく明治時代から変わらない「紙と自筆」が基本のままでした。
この状況に、大きな転換が訪れています。2026年6月17日、改正民法が参院本会議で可決・成立しました。パソコンやスマートフォンで作成した遺言を法的に有効とする「保管証書遺言(デジタル遺言)」制度の新設が盛り込まれたのです。
この記事では、最新の法改正動向を整理しながら、「今のうちに何を準備すべきか」という実践的な生前対策を解説します。
日本の遺言作成率が低い理由、2026年改正民法の内容と最新動向、保管証書遺言の仕組み、ウェブ会議・電子署名・録音録画の3つのデジタル活用、成年後見スポット利用、デジタル化のリスクと対策、施行を「待つ」か「今動く」かの判断基準、デジタル資産への対応まで網羅しています。
現行法の限界:なぜ日本の遺言作成率は低いのか
日本では、遺言書を作成している人の割合は潜在的な利用者のおよそ13%にとどまっていると指摘されています。「遺言は必要だとわかっているが、作っていない」人が大多数です。その背景には、現行制度の3つの壁があります。
| 壁の種類 | 具体的な問題 |
|---|---|
| ① 自筆の負担 | 自筆証書遺言は全文を手書きする必要がある。高齢者・手が不自由な方にとって大きな負担。書き損じで無効になるリスクも高い |
| ② 費用のハードル | 公正証書遺言は信頼性が高いが、財産額に応じた公証人手数料(数万〜十数万円)がかかる。「費用をかけるほどではない」と先送りされやすい |
| ③ デジタルとのギャップ | ネット銀行・仮想通貨・サブスク等のデジタル資産が増えているのに、遺言はいまだに「紙と手書き」が原則。時代との乖離が拡大している |
デジタルで作成・法務局で保管・ウェブ会議で手続きという流れにより、手書きの負担・費用・デジタル対応の遅れという3つの問題を同時に解決することが目指されています。
2026年改正民法の最新動向:デジタル遺言が法律に盛り込まれた
2026年6月17日、参院本会議で改正民法が可決・成立しました。これは明治以来、大きく変わっていなかった遺言の枠組みをデジタル時代に適応させる歴史的な転換です。
| ① 保管証書遺言の創設 | パソコン等で作成した遺言書を法務局で保管する制度の新設。押印要件を廃止 |
|---|---|
| ② ウェブ会議の活用 | 本人確認・遺言内容の読み上げを自宅からウェブ会議システムで行うことが可能に |
| ③ 緊急時の録音・録画 | 死亡の危急が迫った状況等に限り、録音・録画による遺言作成が認められる |
| ④ 成年後見の柔軟化 | 終身制を廃止し、特定目的・期間限定の「スポット利用」が可能に |
| ⑤ 自筆証書遺言の 押印要件廃止 |
自筆証書遺言の押印が不要になる(自筆の要件は維持) |
改正民法は2026年6月17日に成立しましたが、実際に使えるようになるのは施行日以降です。公布から3年以内の施行が目標とされていますが、具体的な日程は未定です。現時点ではデジタル遺言はまだ利用できません。
「保管証書遺言」の仕組み:何がどう変わるか
今回の改正の核心が「保管証書遺言」の新設です。パソコン・スマートフォン等で作成した遺言書を法務局に保管することで法的効力を持たせる新しい方式です。
| 作成方法 | パソコン・スマートフォン等で全文をデジタル作成。自筆をスキャンしたデータも可 |
|---|---|
| 署名・押印 | 押印要件は廃止。デジタルデータとして保管する場合は電子署名が必要(マイナンバーカードの電子証明書を活用)。紙として保管する場合は自筆署名 |
| 保管場所 | 法務局(遺言書保管所)への保管が必須条件 |
| 本人確認 | マイナンバーカード・運転免許証等の顔写真付き身分証で確認 |
| 意思確認 | 法務局担当官の前で遺言の全文(財産目録を除く)を本人が口述(読み上げ)する。なりすまし・偽造防止の重要要件 |
| 通知機能 | 遺言者があらかじめ指定した人物に遺言書の存在が通知される仕組みあり |
| 検認 | 法務局保管のため、相続発生後の家庭裁判所での検認手続きが不要 |
デジタルデータは複製・改ざんが容易です。生成AIやディープフェイクによるなりすまし偽造を防ぐため、法務局の担当官の前で遺言者本人が内容を読み上げることで「真正性・真意性・熟慮性」を直接確認する仕組みになっています。
ウェブ会議・電子署名・録音録画:3つのデジタル活用
① ウェブ会議による非対面手続き
病気・高齢・身体的制約のある方が「法務局に行けない」という理由で遺言作成を諦めていた状況が、大きく改善されます。
② 電子署名の要件
電子署名が証明するのは「いつ・誰が署名したか」と「署名後にファイルが改ざんされていないこと」の2点です。マイナンバーカードの電子証明書の活用が想定されています。
ただし電子証明書には有効期限があり、遺言の効力が発生するまでの長期間にわたって署名の有効性をどう維持するかは今後の検討課題とされています。
③ 緊急時の録音・録画遺言
ただしこの方式は死亡危急時等の特別な場面に限定されており、通常時の遺言作成には使えません。
成年後見のスポット利用:生前対策の選択肢が広がる
遺言制度の改革と並び、成年後見制度の大きな見直しも今回の改正の重要な柱です。
| 変更点 | 改正前 | 改正後 |
|---|---|---|
| 継続期間 | 死亡するまで終身継続が原則 | 終身制を廃止。本人の状態・必要性に応じて終了できる |
| 利用形態 | 一度始めると全権委任的な継続利用 | 特定目的・期間限定の「スポット利用」が可能に |
| 本人の意思 | 後見人の権限が強く本人意思が尊重されにくい面があった | 本人の権利と意思をより尊重する制度へ転換 |
例えば「認知症の相続人が遺産分割協議に参加する必要がある」という場面で、その手続きのみを目的としてスポット利用できるようになります。手続きが終われば後見を終了できるため、「終身制を恐れて申立てを躊躇していた」という問題が解消されます。
デジタル化で生まれるリスクと対策:安全は確保されるか
デジタル遺言の導入に際して懸念されるリスクと、改正法での対応策を整理します。
| リスク | 改正法での対応 |
|---|---|
| なりすまし・ 偽造 |
「全文の口述(読み上げ)」を必須要件とし、法務局担当官が直接またはウェブ会議を通じて本人の真意を確認する |
| デジタルデータの 改ざん |
電子署名の義務化により署名後の改ざんを技術的に検知できる。法務局での保管により第三者改ざんを防止 |
| 生成AI・ ディープフェイク |
録音・録画方式を死亡危急時等の極限場面のみに限定。通常の遺言は口述確認を必須とする慎重な設計 |
| 電子証明書の 期限切れ |
マイナンバーカードの電子証明書には有効期限がある。遺言の効力が発生するまでの長期有効性維持は今後の検討課題とされている |
デジタル遺言の導入は「新たな選択肢の追加」であり、自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言はそのまま有効です。デジタルが苦手な方・信頼性を最優先したい方は従来の方式を引き続き利用できます。
改正施行を「待つ」べきか「今すぐ動く」べきか
「デジタル遺言が使えるようになるまで待とう」という考え方には大きなリスクがあります。現時点での判断基準を整理します。
・その間に万が一のことがあれば遺言なしの相続に
・相続人が困り、争いが生まれる可能性
・「待つ」ことの損失は取り返しがつかない
・施行後に保管証書遺言に切り替えも可能
・遺言は何度でも書き直せる
・専門家に相談して財産整理も同時に進められる
公正証書遺言または法務局保管の自筆証書遺言で今すぐ意思を残しておき、保管証書遺言が使えるようになったら切り替えを検討するというアプローチが、最もリスクの少ない対応です。
今すぐできる生前対策チェックリスト
デジタル化時代の生前対策として、施行を待たずに今すぐ取り組める具体的な行動をまとめます。
【遺言書の作成】
- 公正証書遺言を作成する:最も信頼性が高く紛争予防効果が大きい。財産が多い・家族関係が複雑なケースに特に推奨
- 法務局保管の自筆証書遺言を作成する:費用を抑えたい方向け。手数料3,900円で法務局に保管でき、検認不要・紛失リスクなし
- 遺言書の内容を定期的に見直す(財産の変動・家族関係の変化に合わせて更新)
【デジタル対応の準備】
- マイナンバーカードを取得・更新する:保管証書遺言の電子署名に活用が想定されている。有効期限を確認して更新しておく
- マイナンバーカードの電子証明書(5年ごと更新)の期限を確認する
- デジタル資産のリストを作成する:ネット銀行・証券・仮想通貨・サブスクリプション等の一覧を整理してエンディングノートに記録する
- 主要なアカウントのID・パスワードを安全な場所(金庫等)に保管して家族に場所を伝える
【成年後見の準備】
- 任意後見契約を検討する:判断能力があるうちに信頼できる人を後見人に指定しておく
- スポット利用(施行後)を活用できる場面を専門家と事前に確認しておく
【専門家への相談】
- 行政書士・弁護士等に相談して現在の財産・家族関係を整理する
- 相続税が発生しうる財産規模の場合は税理士にも相談して試算を行う
- 施行後の新制度への切り替え時期・方法を専門家と検討する
デジタル資産の遺言:忘れがちな「財産の電子化」への備え
遺言書の電子化と並んで重要なのが、「電子化された財産そのもの」を遺言に正確に記載することです。
・ネット銀行・ネット証券の口座:金融機関名・口座番号・ログインIDの保管場所を明記
・仮想通貨(暗号資産):取引所名・ウォレット情報・シードフレーズの保管場所(最重要)
・NISA口座:証券会社名・口座情報を記載。相続後は課税口座への移管が必要
・電子マネー・ポイント残高:多くは承継不可だが把握しておく
・サブスクリプション・各種契約:解約が必要なものの一覧をエンディングノートに
注意:仮想通貨のシードフレーズはこれを失うと誰もアクセスできなくなります。紙に書いて金庫・貸金庫に保管し、家族に場所を必ず伝えてください。
遺言書は「誰に何を」という法的拘束力のある指示書です。エンディングノートは「アカウント情報・パスワードの保管場所・希望・想い」を記す法的拘束力のない情報記録です。両方を揃えることで、遺族が財産を把握し手続きをスムーズに進められる環境が整います。
よくある疑問(Q&A)
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