相続手続きで“遺言執行者”がいると何が楽?|できること・できないこと

遺言執行者とは何か:一言で言えば「遺言の実行担当者」

遺言執行者とは、遺言書に書かれた内容を実際に実行する権限と義務を持つ人のことです。法律上は「遺言の内容を実現するために必要な一切の行為をする権利義務を有する」(民法1012条)とされており、相続手続きを進めるうえで強力な法的根拠を持ちます。

遺言執行者がいる場合と、いない場合とでは手続きの「楽さ」が大きく異なります。いない場合は相続人全員が協力して手続きを進める必要があり、一人でも非協力的な相続人がいると手続きが止まります。遺言執行者がいれば、相続人全員の同意を取ることなく、執行者が単独で多くの手続きを進められます。

💡 この記事でわかること:
遺言執行者がいると具体的に何が楽になるか、できることとできないことの全体像、なれる人・なれない人、就任・通知・義務、銀行手続きの実務、報酬の目安、専門家を選ぶべき場面、解任・辞任の方法、よくある疑問まで網羅しています。

遺言執行者がいると「こんなに楽になる」具体例

遺言執行者がいる場合とない場合で、相続手続きの「大変さ」がどう変わるかを具体的に比較します。

手続き 執行者なし(相続人が自分で進める) 執行者あり
銀行口座の
解約・払戻し
相続人全員の署名・実印・印鑑証明書が必要。一人でも非協力だと止まる 執行者が単独で手続き可能。相続人全員の書類収集が不要
遺産分割協議書
の作成
相続人全員が協議・合意・署名押印する必要がある 遺言書通りに進めるだけ。協議書の作成が不要な場合が多い
相続人が揉めている
場合の手続き
一人でも拒否すると全て止まる 執行者が独立して進められる。相続人が拒否しても手続きは止まらない
遠方の相続人への
書類回付
全員に書類を郵送・回収する手間が発生 執行者が全て調整。相続人の手間が最小限
相続財産の
調査・一覧化
相続人が自分で各機関に問い合わせ・収集する 執行者が義務として財産目録を作成・相続人に通知する
不動産の
相続登記
相続人が司法書士に依頼するか自分で申請 執行者が手続きを主導。ただし登記申請自体は司法書士への依頼が必要
最大のメリットは「相続人全員の合意なしに手続きが進む」点:
遺言執行者の最大の実務上のメリットは、相続人間の対立・非協力・音信不通といった問題があっても、執行者が単独で遺言内容を実現できることです。遺言書があっても執行者がいないと「誰が銀行手続きをするか」で揉めることがありますが、執行者がいればこの問題を回避できます。

遺言執行者の権限:できること・できないことの全体像

✅ 遺言執行者ができること
  • 相続財産の目録を作成し、相続人に通知する
  • 銀行口座の解約・払戻し・名義変更(遺言書を根拠として単独で申請可能)
  • 遺言書に基づく不動産の相続登記の申請(登記は司法書士が行う)
  • 遺産を特定の受遺者に引き渡す
  • 遺言に基づく認知の届出
  • 推定相続人の廃除または廃除の取消しの申立て
  • 遺贈義務の履行(受遺者への財産の引渡し)
  • 相続財産の保全・管理(第三者への賃貸・修繕等)
  • 遺言の内容実現に必要な法律行為全般
❌ 遺言執行者にできないこと
  • 遺言書に書かれていないことの実行
  • 相続人の意思に反して遺言書の内容を変更すること
  • 遺留分を侵害している場合に、遺留分権利者の請求を無効にすること
  • 遺言の内容が遺留分を侵害している場合でも遺留分侵害額請求を止めること
  • 相続税の申告(税理士の領域。別途対応が必要)
  • 遺産分割協議の強制(遺言で分割禁止指定等がない限り)
  • 遺産を自分(執行者)のために流用すること
⚠️ 遺言執行者は「遺言書の内容の範囲内」でのみ権限を持ちます。
遺言書に記載されていない事項・遺留分を侵害する部分の強行・相続人全員の同意が必要な手続き等については、遺言執行者の権限は及びません。「執行者がいれば全部おまかせ」ではなく、遺言書の内容と権限の範囲を正確に把握することが重要です。

遺言執行者がいても「相続人全員の協力が必要」な手続き

遺言執行者がいても、以下の手続きは相続人全員の関与が必要です。

手続き なぜ全員が必要か
相続税の申告・納付 各相続人・受遺者が固有の納税義務を持つ。執行者は申告の主体ではない
遺留分侵害額の交渉・清算 遺留分は相続人の固有の権利。執行者が一方的に解決はできない
遺言書の内容に含まれない
財産の分割
遺言書で指定されていない遺産については相続人全員での遺産分割協議が必要
遺言書に記載のない
負債の処理
相続人が固有の義務として処理する必要がある
💡 遺言書に「書き残し」があると後で全員協議が必要になります:
遺言書で全財産が指定されていればほとんどの手続きを執行者が進められますが、遺言書に記載のない財産(後から発見された口座等)については別途遺産分割協議が必要になります。遺言書を作成する際には財産を漏れなく記載することが重要です。

遺言執行者になれる人・なれない人

👤 遺言執行者の資格
なれる人 相続人(子・配偶者等)——最も一般的なケース
・行政書士・司法書士・弁護士等の専門家
・信頼できる第三者(友人・知人等)
・法人(弁護士法人・信託銀行等)
・複数人の共同遺言執行者も可能
なれない人 未成年者(年齢制限あり)
破産者(破産手続き中の人)
※それ以外の欠格事由は特にない。相続人・受遺者も就任可能
受遺者が就任する
ことの問題点
受遺者(遺言で財産を受け取る人)が執行者を兼ねることは法律上可能だが、利益相反のリスクがあるため、揉める可能性がある場合は第三者(専門家)への依頼が推奨される

遺言執行者の選任方法:遺言指定・家庭裁判所への申立て

遺言執行者の選任方法は2つあります。

方法①:遺言書で指定する(推奨)

遺言書に「遺言執行者として○○(氏名・住所・生年月日)を指定する」と記載しておく方法です。事前に本人の承諾を得ておくことが重要で、就任を辞退されると選任が無効になります。

遺言書で第三者(行政書士・弁護士等)を指定しておくと、相続開始後すぐに手続きを開始できる最もスムーズな方法です。

方法②:家庭裁判所に選任を申立てる(遺言書に指定がない場合)

遺言書に執行者の指定がない場合、または指定された執行者が就任しない・できない場合は、利害関係人(相続人等)が家庭裁判所に遺言執行者の選任を申立てることができます(民法1010条)。

申立て先:被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所
申立てできる人:相続人・受遺者等の利害関係人
必要書類:申立書・被相続人の除籍謄本・相続人の戸籍謄本・遺言書のコピー等
手数料:800円(収入印紙)
期間:通常1〜2ヶ月程度
⚠️ 「遺言書があるのに誰が執行するか決まっていない」は意外と多いケースです。
遺言書を作成するときに遺言執行者を指定し忘れているケースは少なくありません。指定がない場合でも家庭裁判所への申立てで対応できますが、時間とコストがかかります。遺言書を作成する際には必ず執行者の指定まで含めて設計することをおすすめします。

遺言執行者の就任・通知・報告の義務

遺言執行者には法律上いくつかの義務が定められています。

就任の通知(民法1007条) 遺言執行者に就任したことを「遅滞なく」相続人全員に通知する義務がある
財産目録の作成・通知(民法1011条) 相続財産の調査を行い、財産目録を作成して相続人に交付する義務がある
執行状況の報告(民法1012条・1013条) 相続人から請求があれば、遺言執行の状況を随時報告する義務がある
執行完了後の報告 遺言内容の実現が完了したら、その旨を相続人に報告する
💡 「相続人が知らないうちに財産が処分された」は起こりません:
就任通知・財産目録の通知・報告義務により、遺言執行者が勝手に財産を処分・隠匿することは法律上許されません。相続人は執行状況を確認する権利があります。

遺言執行者が銀行手続きを行う場合の実務

遺言執行者が銀行での相続手続きを行う場合、遺言書の内容を根拠として執行者が単独で手続きを進めることができます。

🏦 遺言執行者が銀行手続きをする場合の必要書類
遺言書の原本
(または謄本)
公正証書遺言:公証役場の正本または謄本
自筆証書遺言:検認済みのもの(法務局保管の場合は遺言書情報証明書)
遺言執行者であることの
証明
遺言書内に執行者として指定されていることが確認できれば原則として足りる(家庭裁判所選任の場合は選任審判書の謄本)
被相続人の戸籍謄本
(死亡確認)
被相続人の死亡が確認できる除籍謄本
執行者本人の
本人確認書類
運転免許証・マイナンバーカード等
銀行所定の書式 各金融機関所定の書式(事前に確認を)
払戻先口座情報 受遺者(遺言で指定された受取人)の口座情報
相続人全員の署名・印鑑証明書は原則不要:
遺言書があり執行者が指定されている場合、多くの金融機関では相続人全員の署名・実印・印鑑証明書なしで手続きを受け付けます。ただし金融機関によって対応が異なるため、事前に窓口に確認することを推奨します。

遺言執行者の報酬はいくらか

遺言執行者の報酬は、遺言書に報酬額・報酬割合の定めがある場合はその内容に従い、定めがない場合は家庭裁判所が相当額を定めます。

報酬の設定方法 内容
遺言書で定める場合 「遺言執行者の報酬は○○万円とする」または「遺産総額の○%とする」と記載。よくある設定は遺産総額の1〜3%程度
相続人・執行者間で
合意する場合
遺言書に定めがない場合、当事者間の協議で決定することもできる
家庭裁判所が定める場合 遺言書に定めがなく当事者間で合意できない場合、家庭裁判所が相続財産の額・業務の複雑さ等を考慮して決定する
専門家(行政書士・
弁護士等)の場合
各事務所の報酬基準による。目安として遺産総額の1〜3%+実費、または固定報酬(20〜50万円程度)が多い
相続人が執行者を
兼ねる場合
報酬を受け取ることも、無報酬で行うことも可能
💡 報酬は遺産から支払われます:
遺言執行者の報酬は相続財産から支払われるため、遺族が手出しをする必要はありません。ただし報酬分だけ相続人・受遺者の取り分が減ることになります。

遺言執行者を「専門家」に頼むべき場面

相続人が執行者を兼ねることも法律上は可能ですが、以下のような場合は専門家(行政書士・弁護士等)への依頼が強く推奨されます。

  • 相続人の一人が執行者を兼ねると利益相反になる可能性がある場合(自分が受遺者でもある場合等)
  • 相続人間で感情的な対立・不信感がある場合(中立な専門家が間に入ることで揉めにくくなる)
  • 相続財産が多岐にわたり手続きが複雑な場合(複数の金融機関・不動産・有価証券等)
  • 相続人が海外在住・高齢・多忙等で自分で手続きを進められない場合
  • 遺言書の内容を巡って争いが生じる可能性がある場合
  • 被相続人が事業をしていた場合(取引先への通知・契約の承継等の実務が伴う)
専門家を遺言執行者に指定しておくメリット:
生前に行政書士・司法書士・弁護士を遺言執行者として遺言書に指定しておくと、相続開始後すぐに専門家が動き出し、相続人は手続きの手間をほとんど省くことができます。特に「相続人に手間をかけたくない」という気持ちがある方に有効です。

遺言執行者を解任・辞任する場合

⚖️ 解任・辞任の手続き
解任(相続人が求める場合) 遺言執行者が「任務を怠り、その他正当な事由」がある場合に、利害関係人が家庭裁判所に解任を申立てることができる(民法1019条)。「気に入らないから」という理由だけでは認められない
辞任(執行者が自ら辞める) 遺言執行者は「正当な事由」がある場合に、家庭裁判所の許可を得て辞任できる(民法1019条2項)。健康上の問題・業務量の過大等が正当な事由となる
後任の選任 解任・辞任後は新たな遺言執行者を家庭裁判所に選任申立てするか、相続人全員で手続きを進める
「遺言の内容が気に入らない」という理由で執行者を解任することはできません。
遺言執行者は遺言者(故人)の意思を実現するために存在します。相続人が「もっと多くもらいたい」等の理由で執行者の業務を妨害することは法律上禁止されています(民法1013条)。妨害した場合は損害賠償責任が生じることがあります。

よくある疑問(Q&A)

Q. 遺言書に執行者が指定されていますが、その人が亡くなっていました。どうすればいいですか?
指定された執行者が就任できない場合(死亡・辞退等)は、家庭裁判所に遺言執行者の選任を申立てることができます。相続人・受遺者等の利害関係人が申立て人になれます。急ぎの場合はまず専門家(行政書士・司法書士・弁護士)に相談してください。
Q. 遺言執行者がいる場合、相続人は相続手続きに関して何もしなくていいですか?
遺言書に記載された財産については、執行者が手続きを進めるため相続人の関与は最小限になります。ただし相続税の申告・遺留分の対応・遺言書に記載のない財産の処理等については相続人の対応が必要です。また執行者から財産目録や執行状況の報告を受け取り、内容を確認することも相続人の大切な役割です。
Q. 遺言書があって執行者も指定されているのに、銀行が「相続人全員のサインが必要」と言います。
遺言執行者がいる場合、法律上は相続人全員のサインなしに手続きを進められます。「遺言書の写し」「執行者であることの証明(遺言書記載または選任審判書謄本)」を持参して窓口で再度説明してください。それでも受け付けない場合は上位担当者・本部への確認を依頼するか、専門家を通じて交渉することをおすすめします。
Q. 遺言執行者は相続人が「配偶者」でも問題ありませんか?
法律上は問題ありません。ただし配偶者が受遺者でもある場合、他の相続人から「自分に有利になるように手続きを進めているのでは」という不信感を持たれることがあります。相続人間の関係に不安がある場合は、中立的な立場の専門家(行政書士・弁護士等)を執行者にすることでトラブルを防げます。
Q. 遺言書を「公正証書遺言」ではなく「自筆証書遺言」で作成しましたが、執行者は指定できますか?
自筆証書遺言でも遺言執行者の指定は可能です。ただし自筆証書遺言は検認(家庭裁判所の手続き)が原則必要なため、検認が完了してから執行者が業務を開始することになります(法務局保管の場合は検認不要)。

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