【専門家が解説】認知症になる前に知っておくべき「相続・成年後見・家族信託」のすべて〜後悔しない生前対策と福祉制度の活用法〜

「判断能力があるうち」にしかできないことがある

「まだ元気だから」「認知症はまだ先の話」——そう思っている間に、いざ判断能力が低下してしまうと、法律上「有効な意思表示ができない」状態になり、本人が望む形の対策が一切できなくなります。

遺言書の作成・任意後見契約・家族信託の設定・生前贈与——これらは全て「本人が判断能力を持っているときにしか行えない手続き」です。「そのうちやろう」は、認知症においては「永遠にできない」に変わることがあります。

この記事では、認知症になる前に知っておくべき相続・後見・家族信託・福祉制度の全体像を専門家の視点からわかりやすく解説します。

💡 この記事でわかること:
認知症になるとできなくなること、生前対策の3つの柱(遺言・後見・家族信託)の役割分担、遺言書の種類と選び方、任意後見・法定後見の違い、家族信託の仕組みと活用例、生前贈与のタイミングと注意点、福祉制度の活用、今すぐ動くべきかの判断チェックリストまで解説しています。

認知症になると何が「できなくなる」のか

認知症(または判断能力の著しい低下)が起きると、法律上・実務上でさまざまな行為が制限されます。「できなくなること」を具体的に把握することが、生前対策の必要性を理解する第一歩です。

⚠️ 判断能力が低下した後にできなくなること
銀行での
手続き
窓口での大きな金額の預金引き出し・定期預金の解約が困難になる。銀行が「本人の意思確認ができない」として対応を断るケースが増えている。口座が事実上「凍結状態」になることがある
不動産の売却・
賃貸
不動産の売買契約・賃貸借契約は有効な意思表示が必要。判断能力がない状態での契約は後から無効と争われる可能性がある。空き家の売却・実家の賃貸活用が完全にできなくなる
遺言書の作成 「遺言能力(判断能力)」がない状態での遺言書は無効になる可能性がある。公証役場でも判断能力の確認を行うため、重度の認知症では公正証書遺言も作成困難
生前贈与 有効な贈与契約には判断能力が必要。認知症後に行われた贈与は「無効」または「取り消し可能」として後の相続で争いになることがある
家族信託・
任意後見契約
判断能力が低下した後は家族信託の設定・任意後見契約の締結ができない。「認知症になってから準備しよう」は原理上不可能
各種契約・
手続き全般
施設入居契約・リフォーム契約・保険の変更等、日常的な大きな決定も本人が行えなくなる
❗ 「判断能力が低下した後で子が手伝えばいい」は通用しません。
子どもが親の代わりに銀行に行っても、「本人の意思確認ができない」として銀行に拒否されます。法的な権限(成年後見人・受託者等)なしに他人の財産を動かすことは、たとえ家族でも許されません。

生前対策の3つの柱:遺言・後見・家族信託の役割分担

認知症対策・相続対策として使われる主な法的手段は3つです。それぞれが「いつ」「何のために」機能するかを理解することが選択の出発点です。

手段 機能する時期 主な目的 必要な判断能力
遺言書 死亡後 誰に何を渡すかを決める。法定相続分と異なる分割を指定できる 作成時に必要
任意後見 判断能力が低下した後〜死亡まで 自分で選んだ後見人が財産管理・身上監護を行う 契約時に必要
家族信託 設定後〜(生前・死後にまたがる) 財産の管理・処分を信頼できる家族に委ねる。認知症後も柔軟な財産活用が継続できる 設定時に必要
✅ 3つは「組み合わせて使う」のが最も強力な対策です:
遺言書だけでは生前の財産管理ができず、任意後見だけでは死亡後の分割が決まらず、家族信託だけでは後見的な身上監護ができません。「家族信託+任意後見+遺言書」の三点セットが最も包括的な生前対策として実務でも推奨されています。

遺言書の種類と選び方:自筆証書 vs 公正証書

遺言書は「死後に誰が何を受け取るか」を指定する書類です。種類によって作り方・保管方法・確実性が大きく異なります。

📋 自筆証書遺言と公正証書遺言の比較
自筆証書遺言 公正証書遺言
作り方 本人が全文・日付・氏名を自書して押印 公証役場で公証人が作成(証人2名が必要)
費用 紙と印鑑のみ(ほぼ無料) 財産額に応じた手数料(数万〜十数万円程度)
保管 自宅保管(紛失・改ざんリスクあり)
または法務局の保管制度(2020年〜)を活用
公証役場が原本を保管(紛失・改ざんなし)
検認 法務局保管以外は家庭裁判所の検認が必要(1〜2か月) 検認不要。発見後すぐに使える
有効性の
リスク
書式ミス・日付不備等で無効になるリスクがある 公証人が作成するため無効になりにくい
推奨する
ケース
財産がシンプル・費用を抑えたい・法務局保管を利用する 財産が多い・複雑・確実性を重視する場合(推奨)

遺言書に書けること・書くべきこと

  • 誰にどの財産を渡すか(遺産の分け方)
  • 遺言執行者の指定(遺言の内容を実行する人)
  • 相続人以外への遺贈(福祉団体・友人等への贈与)
  • 生命保険の受取人の変更(別途手続きが必要)
  • 子の認知・未成年者の後見人の指定
  • 付言事項(法的効力はないが「想い」を伝えるメッセージ)
⚠️ 遺留分に注意:特定の人に全部渡す遺言は争いになることがあります。
子・配偶者・父母には「遺留分」(最低限の相続の権利)があります。遺留分を大幅に侵害する遺言は、遺留分侵害額請求によって後から修正を求められることがあります。遺言書作成の際は弁護士・行政書士に確認することをおすすめします。

任意後見制度:自分で後見人を選んでおく制度

任意後見制度は「まだ判断能力があるうちに、将来の後見人を自分で選んでおく」制度です。認知症になった後で裁判所が後見人を選ぶ「法定後見」と本質的に異なります。

📋 任意後見制度の仕組みと流れ
契約の締結 判断能力があるうちに、信頼できる人(子・兄弟・専門家等)と「任意後見契約」を公正証書で締結する。後見人になる人(任意後見受任者)に何を任せるかを契約書に詳細に定める
発動の条件 本人の判断能力が低下した時点で、家庭裁判所に「任意後見監督人の選任」を申し立てる。監督人が選任されると契約が発動(つまり自動的には発動しない)
後見人に
できること
・財産の管理(預金の引き出し・不動産の管理等)
・身上監護(施設入居の契約・医療同意の代理等)
・各種契約・手続きの代理
※ 契約書に定めた範囲内での権限
任意後見監督人 家庭裁判所が選任する「後見人の監視役」。任意後見人の活動を監督する。費用:月額1〜3万円程度(継続的に発生)
費用の目安 ・任意後見契約の公正証書作成:1〜3万円程度
・任意後見監督人報酬:月額1〜3万円(発動後から継続)
・任意後見人が専門家の場合:別途月額報酬が発生
✅ 任意後見の最大のメリットは「自分で後見人を選べる」こと:
法定後見では裁判所が後見人を選ぶため、必ずしも希望する人が選ばれるとは限りません。任意後見では「長男に財産管理を任せたい」「信頼できる行政書士に頼みたい」という本人の意思を事前に実現できます。

法定後見制度:判断能力が低下した後に使う制度

生前対策をせずに判断能力が低下した場合、または任意後見契約を締結していない場合は「法定後見制度」を利用するしかありません。

📋 法定後見の3類型(後見・保佐・補助)
後見 判断能力が「全くない」またはほぼない状態。成年後見人が包括的な代理権を持つ。本人の法律行為はほとんど後見人の同意が必要(または後見人が代行)
保佐 判断能力が著しく不十分な状態。保佐人が重要な法律行為(不動産の売買・借金等)に同意する。一定の代理権付与も可能
補助 判断能力が不十分な状態(比較的軽度)。補助人が特定の行為についてのみ同意・代理を行う

法定後見のデメリット

❗ 法定後見には避けにくい制約があります。

① 後見人を自分で選べない:裁判所が選任するため、専門家後見人(弁護士・司法書士等)が選ばれることが多く、家族が希望した人が後見人になれないことがある

② 終身継続:一度後見が始まると判断能力が回復するか本人が亡くなるまで継続する(2026年民法改正で一部見直しの予定)

③ コストが継続:専門家後見人の場合、月額2〜6万円程度の報酬が亡くなるまで継続的に発生する

④ 積極的な財産活用ができない:後見人は「本人の利益」を守るために行動するため、節税目的の贈与・投資・不動産の積極的な売却等には家庭裁判所の許可が必要または拒否されることがある

家族信託:最も柔軟な財産管理の仕組み

近年急速に普及しているのが「家族信託」です。認知症対策・相続対策として最も柔軟性が高い制度として注目されています。

家族信託の基本的な仕組み

家族信託は「委託者(親)が財産を信頼できる家族(受託者:子等)に託し、その財産を管理・活用してもらう」制度です。

登場人物:
・委託者:財産の所有者(親)。財産を信託する人
・受託者:財産の管理者(子等)。信託された財産を管理・処分する人
・受益者:財産から生じる利益を受け取る人(多くの場合は委託者自身が受益者にもなる)

例:父(委託者)が自宅と預金を信託→長男(受託者)が管理・必要に応じて売却→父(受益者)が生活費等の利益を受け取る

家族信託でできること(後見との比較)

できること 家族信託 成年後見
不動産の売却・
賃貸
可能(信託契約で定めた範囲で) 家庭裁判所の許可が必要(時間・コストがかかる)
節税目的の
生前贈与
受託者の判断で実行可能(信託の設計次第) 原則として後見人は節税目的の贈与ができない
柔軟な
資産運用
信託契約の範囲で柔軟に対応可能 保守的な管理が原則
死後の財産
承継先の指定
信託契約で指定可能(遺言の代替機能) 後見は死亡と同時に終了
継続コスト 受託者(家族)の場合は無報酬が多い 専門家後見人の場合は月額2〜6万円が継続
身上監護
(施設入所等の代理)
原則として不可
(任意後見との併用が必要)
可能
💡 家族信託は「認知症になっても不動産を動かせる」点が最大のメリット:
認知症が発症した後、後見人なしでは不動産の売却・賃貸・修繕の決定ができなくなります。家族信託を事前に設定しておけば、認知症発症後も受託者(子)が信託財産(不動産等)を柔軟に管理・処分できます。空き家対策・実家の売却・老人ホームへの入居費用の捻出等に特に有効です。
家族信託の設定にかかる費用目安:

・信託契約書の作成(行政書士・司法書士・弁護士):30〜80万円程度
・公正証書化:数万円程度
・不動産の信託登記(司法書士):5〜15万円程度
・信託口座の開設:対応する金融機関に要確認

※ 設定時にまとまったコストがかかりますが、長期的には後見の継続コストより安くなるケースが多い

生前贈与:タイミングと節税効果・注意点

相続税対策として最も広く活用されているのが「生前贈与」です。ただし2024年からルールが大きく変わっており、古い知識での対応は逆効果になることがあります。

📋 生前贈与の主な方法と2024年以降のルール
暦年贈与
(基礎控除:年110万円)
1人への贈与が年110万円以下であれば贈与税がかからない制度。

【2024年改正】相続開始前の持ち戻し期間が従来の3年から7年に延長。亡くなる7年以内の贈与は相続財産に加算される(延長4年分は総額100万円まで控除あり)

影響:早期の贈与開始がより重要に。70代以上は早めに始めることが効果的
相続時精算課税制度 60歳以上の親から18歳以上の子・孫への贈与に使える制度。累計2,500万円まで贈与税がかからず、相続時に精算する。

【2024年改正】年110万円の基礎控除が新設。年110万円以内の贈与は相続財産に加算されない(積極的な活用が推奨されるようになった)
住宅取得資金贈与
の特例
父母・祖父母から子・孫への住宅取得資金の贈与に使える非課税枠(上限は時期・建物の種類による)。適用期限に注意
教育資金・
結婚子育て資金の
一括贈与
教育資金:1,500万円まで非課税(30歳まで使い切れなかった分は課税)
結婚子育て資金:1,000万円まで非課税
いずれも信託銀行等を通じた特定の方法での贈与が必要
⚠️ 「毎年同じ金額を贈与すると定期贈与とみなされるリスク」があります。
「毎年110万円ずつ贈与する」という計画が最初から決まっていた場合、税務上「定期贈与」として一括して課税される可能性があります。毎年贈与額を変える・贈与契約書を毎年作成する・受贈者が自由に使える状態にする等の対策が必要です。税理士への相談をおすすめします。

福祉制度の活用:介護保険・日常生活自立支援事業

法的な対策に加えて、公的な福祉制度を活用することで認知症になっても安心して生活できる環境を整えることができます。

①介護保険制度

65歳以上(または40歳以上で特定疾患)を対象とした公的保険制度。要介護認定を受けることで、訪問介護・デイサービス・特別養護老人ホーム等のサービスを1〜3割の自己負担で利用できます。

・認定申請先:住所地の市区町村の介護保険担当窓口
・認定の種類:要支援1〜2・要介護1〜5の7段階
・利用できるサービス:居宅サービス(訪問介護・通所介護等)・施設サービス(特養・老健等)・地域密着型サービス等

②日常生活自立支援事業

社会福祉協議会が提供する支援事業。認知症等で日常生活に不安がある方の「福祉サービス利用援助」「日常的な金銭管理」「書類等の預かり」を支援します。

成年後見制度の一歩手前として、軽度の認知症の方が自立した生活を送るための支援として活用されています。費用は利用時間に応じた低廉な額(地域によって異なる)。

申請先:住所地の市区町村社会福祉協議会

③高齢者施設の種類と選び方の基本

施設の種類 対象・特徴
特別養護老人ホーム
(特養)
要介護3以上が原則入居条件。公的施設のため費用が比較的安い。待機期間が長い(数年待ちが多い)
介護老人保健施設
(老健)
在宅復帰を目標としたリハビリ中心の施設。3〜6か月の入居が目安
有料老人ホーム
(介護付き)
入居一時金+月額費用。費用は幅広い(月10〜30万円以上)。比較的すぐ入居可能
グループホーム
(認知症対応型)
認知症の方が小規模な生活共同体で暮らす施設。要支援2以上が対象
サービス付き
高齢者向け住宅
(サ高住)
見守り・生活相談サービス付きの賃貸住宅。比較的元気な方向け。介護が必要になった場合は別途サービスの契約が必要

「今すぐ動くべきか」判断のための対策チェックリスト

次のチェックリストで「今すぐ動くべき状況か」を確認してください。

✅ 生前対策が「特に急がれる」サインチェックリスト
ご本人または
ご家族の状況
□ 70歳以上である
□ もの忘れが増えてきた・家族から指摘された
□ 不動産を複数所有している
□ 相続税の申告が必要になりそうな規模の財産がある
□ 遺言書をまだ作っていない
□ 遺産分割について家族間で話し合いをしたことがない
□ 介護が必要になった場合の資金手当てについて計画がない
□ 認知症の家族(親・配偶者)がいて、その方が不動産を所有している
1つ以上当てはまる
場合は
今すぐ専門家(行政書士・司法書士・税理士)に相談することをおすすめします。
「まだ元気だから」と思っている時期が、対策を取れる唯一のタイミングです
✅ 「何から始めればいいかわからない」場合は、まず相談から:
遺言書・後見・家族信託・生前贈与——どれが自分の状況に合っているかは専門家に話を聞いてみることで整理できます。「全部やらなければいけない」わけではなく、状況に応じた最小限の対策から始めることができます。初回相談は無料の事務所が多いため、気軽に「現状の確認と今後の方向性を聞く」目的での相談から始めてください。

よくある疑問(Q&A)

Q. 親が認知症と診断されました。もう遺言書は作れませんか?
診断直後であれば、まだ作れる可能性があります。認知症の診断があっても「遺言能力(遺言の内容を理解して意思表示できる能力)」があれば遺言書は有効です。ただし進行状況によりますので、できるだけ早く公証役場に相談し、医師の診断書を取得してから公正証書遺言の作成を試みることをおすすめします。時間が経つほど遺言能力の判断が難しくなるため、今すぐ専門家に相談してください。
Q. 家族信託と任意後見はどちらがいいですか?
目的が異なるため「どちらか一方」ではなく「両方」が推奨されます。家族信託は財産管理・不動産の活用に強く、任意後見は身上監護(医療・施設入居の決定等の代理)に強いという特性があります。「家族信託で財産管理+任意後見で身上監護」という組み合わせが最も包括的な対策です。費用・状況に応じてどちらを優先するかは専門家と相談しながら決めてください。
Q. 家族信託は信頼できる子どもがいないと使えませんか?
子どもに限らず、信頼できる人であれば親族でなくても受託者になれます。ただし受託者は財産管理の責任を負う重要な役割のため、管理能力と信頼性が必要です。子どもがいない・子どもに任せることが難しい場合は、専門家(弁護士・司法書士等)を受託者とする「専門家型家族信託」や一般社団法人を受託者とする方法もあります。専門家に相談してください。
Q. 生前贈与を始めたいのですが、認知症が進む前に急いでやった方がいいですか?
はい、早めに始めることをおすすめします。2024年の税制改正で、相続開始前7年以内の贈与は相続財産に持ち戻されるようになりました(延長4年分は100万円まで控除)。早く始めるほど「持ち戻しの対象外になる贈与の蓄積」が増えます。また判断能力があるうちでないと有効な贈与ができないため、認知症の兆候が出る前に税理士と相談して計画的な贈与を始めることが重要です。

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