特許出願中に本人が亡くなったらどうなる?|「特許を受ける権利」の相続手続きを解説

この記事の結論

特許の出願手続き中に出願人が亡くなった場合、「特許を受ける権利」が相続財産として相続人に引き継がれます。この権利は特許権とは異なり「将来特許権を取得できる権利」であり、相続人が「出願人名義変更届」を特許庁に提出することで手続きを継続できます。手続きを放置すると審査が進まなくなる・最悪の場合は権利が失われるリスクがあるため、死亡後できるだけ早く弁理士に連絡することが最優先です。また「特許を受ける権利」は相続税の課税対象になりますが、まだ審査中のため不確実性が高く評価が難しいという特有の問題があります。

「特許を受ける権利」とは:特許権との違いを整理する

特許権と「特許を受ける権利」は全く異なる権利です。この違いを理解することが出願中の相続手続きの出発点になります。

📋 特許を受ける権利(出願中)
性質:将来特許権を取得できる「期待権」
発生時期:発明が完成した瞬間に自動発生
相続:可能(相続財産になる)
特許庁での
手続き:
出願人名義変更届が必要
価値の確実性:審査次第(不確実)
🏅 特許権(登録済)
性質:確定した独占的実施権
発生時期:特許庁の審査を経て登録されたとき
相続:可能(相続財産になる)
特許庁での
手続き:
移転登録申請が必要
価値の確実性:登録済で確定している
📋 「特許を受ける権利」の法的な性質
権利の発生 発明が完成した瞬間に自動的に発明者に発生します(特許法29条・33条)。特許庁への出願は「権利の発生」ではなく「権利の保護を求める手続き」です
相続可能性 特許を受ける権利は相続の対象になる財産的権利です(特許法33条1項)。特許権そのものはまだ発生していませんが、将来特許権を取得できる権利として相続財産に含まれます
未出願の
発明も対象
発明は完成したが特許庁に出願していない状態でも「特許を受ける権利」は発生しています。未出願の発明が遺品の中に見つかった場合も相続財産として扱われる可能性があります
💡 この記事でわかること:
特許を受ける権利の法的性質、出願人死亡時の手続きの停止と対応、出願人名義変更届の手続き・書類・流れ、審査継続か取り下げかの判断、共同出願の扱い、相続税評価の難しさ、弁理士への早期連絡の重要性まで解説しています。

出願人が死亡したら何が起きるか:手続きの停止と相続

特許の出願手続き中に出願人が死亡した場合、特許庁での審査手続きが法律上中断(中止)します(特許法19条が準用する民事訴訟法124条等)。

📋 出願人死亡後に起きること
審査手続きの
中断
出願人が死亡すると特許庁における手続きが中断されます。この状態では審査が進まず、応答期限等が到来しても手続きがとれない場合があります
「特許を受ける
権利」の相続
出願中の「特許を受ける権利」は相続財産として相続人に自動的に引き継がれます。ただし特許庁の記録上は元の出願人名義のままのため、手続きを継続するには名義変更届が必要です
手続きの
受継(引継ぎ)
相続人は特許庁に「手続きの受継(うけつぎ)」を申立てることで中断した手続きを引き継いで継続できます(特許法19条・民事訴訟法124条準用)
弁理士が
代理している場合
出願人が弁理士に手続きを委任していた場合、弁理士への委任関係は死亡によって終了しません(民法653条の例外)。弁理士は手続きを継続して相続人に状況を報告する義務があります。まず弁理士に連絡することが最優先です
❗ 手続きを放置すると権利が失われるリスクがあります。
特許庁から応答を求める通知(拒絶理由通知等)が届いていた場合、期限内に応答しないと出願が「みなし取り下げ」になる可能性があります。中断・放置の状態でも特許庁からの通知は来ることがあります。死亡後できるだけ早く弁理士または特許庁に連絡してください。

相続人がやるべきこと:出願人名義変更届の提出

出願人が死亡した場合に相続人がやるべき主な手続きは「出願人名義変更届」の特許庁への提出です。これにより相続人が新しい出願人として手続きを継続できます。

まず最初にやること(優先度順)

  • 弁理士(代理人)に死亡の連絡をする:被相続人が弁理士に出願を依頼していた場合は最優先。弁理士が現在の手続き状況・期限・必要な対応を教えてくれる
  • J-PlatPatで出願状況を確認する:出願番号・審査の進捗状況・拒絶理由通知の有無等を確認する
  • 応答期限が迫っていないか確認する:拒絶理由通知等への応答期限が迫っている場合は最優先で弁理士に対応を依頼する
  • 遺産分割協議で「誰が特許を受ける権利を引き継ぐか」を決める
  • 出願人名義変更届を特許庁に提出する
✅ 弁理士が既に関与している場合は「委任関係は死亡で終了しない」:
被相続人が弁理士に出願手続きを委任していた場合、弁理士への委任は被相続人の死亡で終了しません(民法653条の規定の例外)。弁理士は手続きを継続する義務があります。ただし相続人への報告・今後の方針の確認のために相続人から弁理士への連絡が必要です。

出願人名義変更届:必要書類と手続きの流れ

「出願人名義変更届」は特許庁所定の書式で提出する必要があります。相続による名義変更は「譲渡」ではなく「相続」として届出を行います。

1
遺産分割協議:誰が「特許を受ける権利」を引き継ぐか決める 相続人全員で誰が出願を継続するかを決める。遺産分割協議書に「出願番号〇〇〇〇-〇〇〇〇〇〇の特許を受ける権利」と出願番号を具体的に記載する
2
必要書類の収集 戸籍謄本・遺産分割協議書・印鑑証明書等を収集する(Section 3下の必要書類一覧参照)
3
出願人名義変更届の作成・提出 特許庁所定の「出願人名義変更届」に必要事項を記入する。添付書類と合わせて特許庁に提出する(窓口・郵送・オンライン)。手数料は原則不要(相続の場合は印紙代が不要なケースが多い。最新情報は特許庁で確認)
4
特許庁での名義変更処理 特許庁で届出が処理されると、出願の権利者が相続人に変更される。名義変更後は相続人が新しい出願人として審査手続きを継続できる

出願人名義変更届に必要な主な書類

  • 出願人名義変更届(特許庁所定書式):出願番号・変更前の出願人(被相続人)・変更後の出願人(相続人)・変更理由(相続)等を記載する
  • 被相続人の死亡を証明する書類:死亡記載のある戸籍謄本(除籍謄本)
  • 相続関係を証明する書類:被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本・相続人全員の現在の戸籍謄本
  • 遺産分割協議書:誰が「特許を受ける権利」を取得するかを記載した協議書(全相続人の署名・実印押印・全員の印鑑証明書を添付)
  • 相続人が法人の場合は法人の資格証明書等(該当する場合)
⚠️ 協議書には「出願番号」を明記することが必要です。
遺産分割協議書に「被相続人の特許を受ける権利一切」という記載だけでは特許庁の手続きに不十分な場合があります。J-PlatPatで確認した出願番号(例:特願2024-〇〇〇〇〇〇)を全件記載することを弁理士に確認してから協議書を作成してください。
特許庁への提出先・問い合わせ先:

・特許庁(本庁):〒100-8915 東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
・電話(代表):03-3581-1101
・オンライン手続き:電子出願ソフトを使用した電子申請も可能

※ 手続きの詳細・必要書類・費用等は変更になる場合があります。特許庁の公式ウェブサイト(https://www.jpo.go.jp/)で最新情報を確認してください。

審査の継続か取り下げか:相続人の意思決定

「特許を受ける権利」を相続した後、審査を継続するか取り下げるかは相続人が判断します。この判断は財産的な観点だけでなく技術的・事業的な観点からも検討が必要です。

選択肢 概要・メリット デメリット・注意点
審査を継続する 特許権の取得を目指す。登録された場合は将来の収益(ライセンス料・実施による利益)が見込まれる。発明の価値が高い場合に適している 弁理士費用(審査対応・拒絶理由への応答等)が継続してかかる。登録されない可能性もある(審査結果は不確実)。審査が長引く場合がある
第三者に
譲渡する
「特許を受ける権利」を企業・投資家等に売却して現金化する。相続人が技術を理解していない・使いたくない場合に有効 買い手を見つけること自体が難しい場合がある。審査中で権利が不確定なため査定が難しく価格交渉が難航することがある
取り下げる 出願を取り下げると以後の費用がかからない。内容が秘密のまま(公開前に取り下げた場合)出願内容が公になることを防げる 権利を放棄することになる。取り下げた後は同じ内容で再出願できない(先行技術として扱われる場合がある)
💡 「継続か取り下げか」の判断は弁理士・税理士に相談してから:
特許出願の審査状況(拒絶の有無・登録可能性)・発明の技術的価値・市場性等を考慮した上で判断が必要です。相続人が技術的な判断をするのが難しい場合は、弁理士に現状の審査状況と登録可能性の見通しを聞いてから決定することをおすすめします。

共同出願の場合:他の出願人との関係

複数の発明者が共同で特許を出願していた場合(共同出願)、出願人の一人が亡くなった場合の対応は単独出願と異なります。

📋 共同出願の場合:出願人死亡時の取り扱い
残りの出願人
との関係
共同出願の場合、亡くなった出願人の「特許を受ける権利」の持分が相続人に移転します。審査手続きは残りの出願人が継続できますが、相続人への名義変更届は必要です
単独での
取り下げは不可
共同出願は、残りの出願人だけで出願を取り下げることはできません。出願の取り下げには出願人全員(相続人を含む)の同意が必要です(特許法14条)
相続人が
審査に参加
できるか
共同出願の審査手続きは出願人全員が共同で行う必要がある場合があります。名義変更届を提出して相続人が正式な出願人として参加することで手続きを継続できます
将来の権利の
共有
特許登録後の特許権は相続人と他の出願人(発明者)の共有になります。共有特許権の実施・ライセンス・売却には共有者全員の同意が必要になります(特許法73条)
✅ 共同出願の場合は他の出願人に速やかに死亡を連絡する:
共同出願の残りの出願人(共同発明者)は、亡くなった出願人の相続人を知らない場合があります。残りの出願人が審査対応を進めるためには相続人との連携が必要なため、速やかに連絡を取ることが重要です。

「特許を受ける権利」の相続税評価:審査中ゆえの難しさ

「特許を受ける権利」は相続財産として相続税の課税対象になりますが、審査中という不確実性のために評価が非常に難しい財産です。

📋 「特許を受ける権利」の相続税評価:考え方と実務
評価の根拠 財産評価基本通達では登録済みの特許権の評価方法(138条)は定められていますが、出願中の「特許を受ける権利」の評価方法は明示的に規定されていません。実務では登録される可能性・登録後の想定収益を考慮した評価が行われますが、税理士の判断に依存する部分が大きいです
登録可能性に
よる調整
審査の段階(未審査・審査中・拒絶理由あり等)によって登録可能性が変わります。拒絶理由通知が来ている場合は登録可能性を考慮して評価額を引き下げる考え方があります
評価がゼロに
なる場合
審査中で収益が全くなく・登録可能性も低い段階では評価額がゼロに近くなる場合があります。ただし「ゼロ」と自己判断せず必ず税理士に確認してください
登録後の
修正
相続税申告後に特許が登録された場合、評価額が大きく変わる可能性があります。場合によっては修正申告が必要になることがあります。税理士にあらかじめ相談しておくことをおすすめします
⚠️ 相続税の申告期限(10か月)内に特許が登録されないことも多くあります。
特許の審査には数年かかることが珍しくありません。相続税申告の時点では「まだ審査中」という状態で申告することになります。この場合の評価額の考え方・申告書への記載方法は税理士と事前に相談して決めておくことが重要です。

弁理士への早期連絡が最重要な理由

出願人の死亡後、全ての手続きに先立って最優先でやるべきことは弁理士への連絡です。その理由を整理します。

  • 応答期限の把握:拒絶理由通知等への応答期限が迫っている場合、弁理士が期限管理をしてくれている。期限を過ぎると出願が取り下げとみなされる可能性がある
  • 現在の審査状況の把握:弁理士は特許庁との通信記録・審査状況を全て把握している。相続人が独自にJ-PlatPat等で確認するよりも正確で詳細な情報を得られる
  • 必要な手続きの案内:出願人名義変更届・手続きの受継申立て等、専門的な手続きの段取りを案内してもらえる
  • 審査継続の意思決定の判断材料の提供:「この出願は登録される可能性が高いか・低いか」「継続費用はいくらかかるか」等を教えてもらえる
  • 委任契約の継続または終了の確認:弁理士への委任をどうするかを決める必要がある
❗ 弁理士の連絡先がわからない場合の対処法:
被相続人が依頼していた弁理士の連絡先がわからない場合は、被相続人のメール・名刺・事業書類・特許関係の書類から探してください。また特許証・出願書類に「代理人:〇〇弁理士事務所」と記載されている場合があります。弁理士が見つからない場合は特許庁(03-3581-1101)に出願番号を伝えて代理人の有無を確認することができます。

よくある疑問(Q&A)

Q. 父が出願した特許が審査中です。私(相続人)は技術的なことが全くわかりません。どうすればいいですか?
技術的な知識がなくても、まず弁理士に連絡するだけで次のステップを案内してもらえます。弁理士から「この発明はどんな技術か」「登録される可能性はどの程度か」「継続するとどのくらい費用がかかるか」を説明してもらった上で、審査継続か取り下げかを判断してください。技術的な判断を相続人がする必要はなく、弁理士の専門的な見解を参考に最終判断を下すことができます。
Q. 特許出願中の権利を相続放棄することはできますか?
特許を受ける権利だけを選択的に放棄することはできませんが、相続放棄(全財産を放棄)の選択肢があります。相続放棄(3か月以内に家庭裁判所で申述)をすれば特許を受ける権利を含む全ての相続財産を放棄できます。ただし預金・不動産等のプラスの財産も全て放棄することになります。「特許だけ放棄して他は相続する」という方法はありません。特許の価値が低く継続費用が負担になる場合は、弁理士と相談して出願を取り下げることが実質的な解決策になります。
Q. 出願人名義変更届を出す前に特許が登録された場合はどうなりますか?
審査が進んで特許登録が決まった場合でも、特許権者(登録名義)は亡くなった出願人のままになります。この場合は「出願人名義変更届」ではなく「移転登録申請(相続)」として特許庁に申請することになります。いずれにしても相続人への名義変更手続きが必要です。名義変更が完了していない状態では相続人として特許権を主張できないため、速やかに手続きを進めてください。
Q. 父が生前に特許出願の準備をしていましたが、まだ出願していませんでした。この場合「特許を受ける権利」は相続されますか?
「発明が完成していた」かどうかによります。発明が完成していれば出願前でも「特許を受ける権利」が発生しており相続財産になります。しかし「発明のアイデアはあったが未完成」の段階では権利が発生していないため相続されません。また「発明が完成していた」場合でも出願せずにいると他者に先に出願されて特許を取れなくなるリスクがあります。遺品の中に発明のノート・設計図・実験記録等が見つかった場合は弁理士に相談して発明の完成度・出願可能性を確認することをおすすめします。

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